目次
本記事は、書籍『キャリアは言語化でうまくいく』の内容をもとに、人材開発担当者向けに要点を整理したものです。
現代の日本企業、特に伝統的な大企業において、「キャリア自律」はもはや一部の人材施策ではなく、組織の持続的な成長を支える重要なテーマとなっています。人的資本経営への関心が高まるなかで、社員一人ひとりが主体的にキャリアを考え、行動できるかどうかは、企業の競争力にも直結します。
しかし現場では、「キャリアデザインシートを書かせても本音が見えない」「1on1で部下が『やりたいことがない』と答えてしまう」といった声が少なくありません。制度や機会は整っているにもかかわらず、社員の行動につながらない──そうした課題に直面している企業も多いのではないでしょうか。
本書『キャリアは言語化でうまくいく』では、社員自身がこれまでの経験を振り返り、自分が大切にしたいことを整理し、キャリアの軸を言葉にしていくプロセスが丁寧に示されています。
本コラムでは、人事担当者・人材育成担当者の皆様に向けて、この「キャリアの言語化」というアプローチの考え方と進め方、さらに組織として取り組むことでどのような変化が生まれるのかについて、書籍の内容をもとに解説していきます。
1.キャリアが選べる時代に生まれた"選べない問題"
かつての日本企業では、キャリアは会社が用意するものでした。
しかし現在は、選択肢が増え、社員自身がキャリアを選ぶ時代へと変化しています。
一見すると自由度が高まったように見えますが、実際には新たな課題が生まれています。それが、「選べるのに選べない」という状態です。
キャリア面談でよく聞かれる「やりたいことがわからない」という声は、その象徴です。しかしこれは特別なことではなく、多くの人にとって自然な状態です。やりたいことは経験によって変化していくものであり、最初から明確である必要はありません。にもかかわらず、「やりたいことを決めること」が前提になることで、思考が止まってしまいます。
この背景にあるのが、多くの企業のキャリア支援が陥っている「目標至上主義」です。キャリアデザインシートや面談では、「将来どうなりたいか」といった問いが中心になり、まず目標を決めることが求められます。しかし、やりたいことが言語化されていない状態で設定された目標は、表面的なものになりやすく、行動につながりません。さらに、一度決めた目標を重視しすぎることで、本来変化していくはずのキャリアを固定化してしまうという問題も生じます。
キャリア自律とは何か
こうした背景の中で注目されているのが「キャリア自律」です。
本書では、キャリア自律を「自分の意思で考え、行動してキャリアを形成している状態」と定義しています。国としてもキャリア自律の推進が進められており、個人が主体的にキャリアを考えることが求められる時代になっています。また、キャリア自律している人ほど、仕事や人生に対する満足度が高いことも指摘されています。
内的キャリアと外的キャリア
キャリアを考えるうえでは、「何を基準に選ぶのか」が重要になります。
その基準として、内的キャリアと外的キャリアの2つが挙げられます。
内的キャリアとは、仕事を通じて自分が何を感じ、何を大切にしたいのかといった、内面の充実に関わるものです。たとえば、「やりがいを感じられるか」「成長実感があるか」「自分らしく働けているか」といった観点がこれにあたります。
一方、外的キャリアとは、役職や報酬、評価といった、目に見える条件に関わるものです。「どのポジションに就いているか」「どの程度の報酬を得ているか」「どのような成果を出しているか」といった指標が中心になります。
多くの人は、この両方をバランスさせながら意思決定を行っています。しかし、自分がどちらをより重視しているのかが言語化されていないと、選択の軸が定まらず、迷いが生じやすくなります。
キャリアプランと意思決定のズレ
一般的に、やりたいことが見つかると、それを実現するためのキャリアプランが作られます。そして次に、行動計画へと落とし込まれていきます。ここで使われるのが、「未来から逆算するバックキャスト思考」「現在から積み上げるフォアキャスト思考」といった考え方です。しかし、そもそもの判断基準が曖昧な状態では、どちらの方法を用いても納得感のある計画にはなりにくくなります。

キャリア支援に必要なのは「言語化」
キャリア支援を進めている企業の多くは、①目標を決める、②行動を考える、という順番になっています。
しかし本来は、①自分が何を大切にしているのかを整理する、②それを言葉にする、③そのうえで方向性を考える、というプロセスが必要です。
キャリア支援を機能させるために必要なのは、「やりたいことを見つけること」ではありません。まずは、自分が何を大切にしているのかを言語化することです。この順番に立ち返ることで、キャリア支援は形だけの施策から、実際の行動につながるものへと変わっていきます。
2.社員のタイプによってキャリア支援は変わる
キャリア支援がうまく機能しない背景には、「一律の施策」があります。では、どのように考えればよいのでしょうか。そのヒントとなるのが、「社員ごとにキャリアの捉え方が異なる」という前提に立つことです。
キャリアに対する考え方は、大きく2つの軸で整理することができます。
一つは、前述した「内的キャリア」と「外的キャリア」という考え方です。もう一つの軸は、「やりたいことが明確かどうか」です。この2つの軸を掛け合わせることで、社員のキャリアの捉え方を整理することができます。
キャリアの考え方は4つのタイプに分かれる
この2軸をもとに考えると、キャリア思考は次の4つのタイプに分けて捉えることができます。
重要なのは、どのタイプが優れているかではなく、それぞれが異なる状態にあるという点です。
タイプごとの特徴と関わり方
■タイプ① やりたいことが明確 × 内的キャリア重視→ 「想い言語化」タイプ
自分が大切にしたい価値観ややりがいが比較的はっきりしており、「どうありたいか」という想いを持っているタイプです。
一方で、その想いが抽象的なままになっていることも多く、行動や選択にどうつなげるかが課題になることがあります。方向性は見えているものの、その解像度が十分でないため、具体的な判断や行動に結びつきにくい状態です。
このタイプに対して重要なのは、新しい目標を与えることではなく、すでにある想いを丁寧に言葉にしていくことです。
自分がどのような場面でやりがいを感じているのか、どのような状態を大切にしたいのかを振り返りながら言語化していくことで、想いが判断基準として機能し始めます。言葉にすることで、これまで感覚的だったものが整理され、次の行動へとつながっていきます。
■タイプ② やりたいことが明確 × 外的キャリア重視→ 「行動具体化」タイプ
昇進や成果など、外的な指標を軸に方向性を持っているタイプです。目標に向かって動きやすく、行動力がある点が特徴です。
一方で、行動の方向性は見えていても、その内容が十分に具体化されていない場合や、どのように経験を積み重ねていくかが整理されていないこともあります。また、外的な目標が中心になることで、状況の変化に影響を受けやすい側面もあります。
このタイプに対して重要なのは、目標を増やすことではなく、目標に向けた行動を具体的に整理していくことです。
どのような経験を積むのか、どのようなスキルを身につけるのか、どのような機会を活用するのかといった観点で行動を明確にしていくことで、目標が現実的なプロセスとして捉えられるようになります。行動が具体化されることで、継続的な成長にもつながっていきます。
■タイプ③ やりたいことが不明確 × 内的キャリア重視→ 「業務効率化」タイプ
仕事に対する価値観や大切にしたい感覚はあるものの、それを「やりたいこと」として言葉にできていないタイプです。
そのため、キャリアについて考えようとすると、どこから整理すればよいか分からず、思考が進みにくい状態にあります。やりたいことがないのではなく、「言語化されていない」だけです。
このタイプに対しては、いきなり将来の方向性を考えるのではなく、日々の業務や経験を整理することが重要になります。
今取り組んでいる仕事の中で、何に時間を使っているのか、どの業務にやりがいを感じているのか、どのような場面で違和感を覚えているのかを振り返ることで、自分の関心や価値観が少しずつ見えてきます。日常の業務を整理することが、キャリアを考える出発点になります。
■タイプ④ やりたいことが不明確 × 外的キャリア重視→ 「判断基準形成」タイプ
報酬や働き方といった条件面を基準にキャリアを考える傾向があるものの、何を優先すべきかが整理されていないタイプです。
そのため、選択肢が増えるほど判断に迷いやすく、「どれを選べばよいのか分からない」という状態に陥りやすい傾向があります。条件で比較しようとするほど、かえって決めきれなくなることも少なくありません。
このタイプに対して重要なのは、条件そのものを比較することではなく、判断の基準をつくることです。
自分にとって何が重要なのか、どのような状態であれば納得できるのかを言葉にしていくことで、条件の背景にある価値観が明確になっていきます。判断の軸が定まることで、選択に対する迷いも徐々に減っていきます。

どのタイプにも共通するのは「言葉にすること」
ここまで見てきたように、タイプごとにキャリアの状態や考え方は異なります。
そのため、関わり方の出発点もそれぞれ異なります。
ただし、どのタイプにおいても共通して重要なのは、自分の考えを言葉にしていくプロセスです。
キャリアは、外から与えられるものではなく、自分の経験や価値観をもとに形づくられていくものです。そのため、結論を急ぐのではなく、考えを整理し、言葉にしていく過程そのものが重要になります。
言語化を通じて、曖昧だった感覚が整理され、判断の軸が明確になり、行動へとつながっていきます。
このように、社員のタイプごとの違いを踏まえながら関わり方を考えていくことで、キャリア支援はより実態に即したものになります。
そして、その中心にあるのが「言語化」というプロセスです。
次章では、この言語化をどのようなステップで進めていくのか、具体的に見ていきます。
3.キャリアの軸は「ステップ」で見えてくる
キャリアの軸は、特別な才能がなければ見つからないものではありません。 本書では、これまでの経験をもとに自分の考えを整理し、言葉にしていくための具体的なステップが示されています。
STEP1 英雄の旅──あなたの人生の物語を描く4つの質問にこたえる
最初のステップでは、自分のこれまでの経験を「物語」として捉え直していきます。
仕事や人生の中で印象に残っている出来事を振り返り、いくつかの問いに答えていくことで、自分がどのような経験をしてきたのかを整理していきます。
ポイントは、単なる出来事の羅列ではなく、どのような意味を持っていたのかを考えることです。うまくいった経験だけでなく、迷いや葛藤を感じた出来事にも目を向けることで、自分の価値観や考え方の傾向が少しずつ見えてきます。人は過去の経験を通じて、自分なりの判断基準を形づくっています。このステップは、その土台を振り返るプロセスです。
STEP2 キャリアアンカーの活用──8つの志向から3つ選ぶ
次のステップでは、自分が大切にしている価値観を、キャリアアンカーをつかって整理していきます。キャリアアンカーとは、キャリアを選択するとき、最も大切な価値観や欲求のことです。複数の選択肢の中から選ぶことで、自分がどのような価値観を重視しているのかが明確になります。
| 1.専門能力志向 | 2.経営管理志向 |
| 3.自立志向 | 4.安定志向 |
| 5.起業家志向 | 6.社会貢献志向 |
| 7.チャレンジ志向 | 8.調和志向 |
ここで重要なのは、「どれが正しいか」ではなく、自分が納得できるかどうかです。
STEP3 キャリアで大切にしたいことを言葉にしてみる
最後のステップでは、これまで整理してきた内容をもとに、「自分は何を大切にして働きたいのか」を言葉にしていきます。
これは、自分なりのキャリアの軸を表現する作業です。ここで求められるのは、完成度の高い言葉ではなく、自分自身が納得できる表現です。
短くても構わないので、自分の考えを一度言葉にしてみることで、これまで曖昧だった感覚が整理され、判断の基準として使えるようになります。なかなか言語化できない人は、壁打ちとして生成AIに言葉にしてもらうのも効果的です。
この3つのステップは、個人の内省を促すだけでなく、研修や面談の場でも活用しやすい構成になっています。問いに答えながら進められるため、キャリアについて考えることに慣れていない社員でも取り組みやすく、言語化のプロセスを組織に取り入れるうえで有効です。
意思決定を振り返り、キャリアの軸を言語化する
キャリアの軸は、これまでの意思決定の中にすでに表れています。重要なのは、「何を選んだか」ではなく、なぜその選択をしたのかを振り返ることです。
そのための具体的なプロセスとして、次のステップが示されています。
意思決定を振り返る6つのステップ
1.人生グラフの作成
2.「決断の瞬間」を人生グラフに書き込む
3.キャリアアンカーが「決断の瞬間」に影響していないか考える
4.人生グラフと決断の瞬間を他者へ共有する
5.他者から質問を受けたり感想をもらったりする
6.他者からの質問にこたえる
このプロセスのポイントは、単なる振り返りにとどまらず、他者との対話を通じて自分の意思決定を言葉にしていくことにあります。
特に、他者からの質問に答える過程で、「なぜその選択をしたのか」という判断の基準が徐々に明確になっていきます。自分では当たり前だと思っていた理由ほど、キャリアの軸のヒントになることが少なくありません。
キャリア面談では「5W2H」の問いが有効
こうした振り返りと対話を深めるうえで有効なのが、キャリア面談での問いかけです。
5W2Hの観点で問いを投げかけることで、意思決定の背景をより具体的に整理することができます。
・Why(なぜ):なぜその選択をしたのか
・What(何を):何を重視していたのか
・When(いつ):どのタイミングで判断したのか
・Where(どこで):どのような環境だったのか
・Who(誰と):誰の影響を受けたのか
・How(どのように):どのように意思決定したのか
・How much(どれくらい):どの程度の重要度だったのか
これらの問いを通じて、出来事の表面的な理解ではなく、意思決定の構造そのものが見えてきます。
言語化によって「判断の軸」が明確になる
このように、過去の決断を振り返り、他者との対話を通じて言葉にしていくことで、自分が大切にしている価値観が整理されていきます。その結果として、「自分は何を大切にして働きたいのか」というキャリアの軸が、少しずつ明確になります。
ここまで見てきたように、キャリアの言語化は個人の内省によって進むものです。
しかし、実際の現場では「個人任せ」にしてもうまくいかないケースが多いのではないでしょうか。
だからこそ重要になるのが、組織として言語化を支援する設計です。
こうした言語化のプロセスは、個人任せではなく研修として設計することで効果が高まります。
実際の研修設計については、以下も参考にしてください。
■ 関連プログラム

4.キャリア自律は「仕組み」と「関わり方」でつくる
キャリア自律は、研修を一度実施すれば実現するものではありません。
単発の施策ではなく、継続的に考え、対話し、言語化する機会を組織として設計することが重要です。
実際にキャリア自律を推進している企業では、「仕組み」と「関わり方」の両面から取り組みが進められています。
キャリアの節目での研修を設計する
まず、多くの企業で取り組まれているのが、キャリアの節目ごとの研修です。
たとえば、若手社員向け、中堅社員向け、管理職昇格時といったタイミングで、自分のキャリアを振り返り、言語化する機会を設けます。
特に特徴的なのは、若手社員向けの研修において、「やりたいことが明確に決まっていない人も対象にしている」点です。
従来のように「目標があること」を前提にするのではなく、「まだ言語化できていない状態」から考え始める設計にすることで、多くの社員が参加しやすくなります。
キャリア支援部門による1on1の実施
次に重要なのが、研修で終わらせないためのフォローです。
ある企業では、キャリア支援部門のメンバーが社員と定期的に1on1を行い、キャリアに関する相談に乗る仕組みを整えています。
上司とは異なる立場で対話することで、「本音を話しやすい」「評価と切り離して考えられる」「客観的な視点を得られる」といった効果が生まれます。
こうした場は、キャリアの言語化を継続的に支える重要な役割を果たします。
上司とのキャリア面談の質を高める
さらに重要なのが、日常的に最も接点の多い上司とのキャリア面談です。
キャリア自律を組織に定着させるためには、特別な研修だけでなく、日常の対話の質を高めることが不可欠です。
そのため、多くの企業では
・管理職向けのキャリア面談スキルアップ研修
・若手社員向けの「キャリア面談を受けるスキル」研修
をセットで実施しています。
上司側だけでなく、社員側にも「考えを言語化する力」「対話の仕方」を身につけてもらうことで、面談が一方通行にならず、双方向の対話として機能するようになります。
キャリア面談の設計や運用の進め方については、以下のコラムで詳しく解説しています。
■ 関連プログラム

5.個々人がキャリア自律を実現した組織とは
キャリア自律が実現している組織とは、社員一人ひとりが自分のキャリアを主体的に捉え、環境の変化に応じて柔軟に選択し続けられる状態にあります。企業が一方的にキャリアを与えるのではなく、個人と組織が対話を通じて方向性をすり合わせていく関係性が築かれています。
その結果、社員は自分の意思で仕事や挑戦を選び取り、変化に対しても受け身ではなく前向きに対応できるようになります。組織としても、個人の意思や強みを踏まえた配置や育成が可能になり、ミスマッチの低減やエンゲージメントの向上につながります。
キャリア自律は、個人の努力だけで実現するものではありません。言語化と対話を支える仕組みを整え、継続的に運用していくことで、はじめて組織全体の力として機能します。
ビジネス環境が変化する中で、社員一人ひとりが自分のキャリアを主体的に考え、行動していくことの重要性は、今後さらに高まっていきます。
制度や機会を整えるだけでは、社員が主体的に動き出す状態はつくれません。
重要なのは、社員一人ひとりが自分の考えを言葉にし、それをもとに対話し、意思決定できる状態を組織として設計することです。
この設計を誤ると、キャリア面談や1on1は形骸化したままになります。
キャリア面談や1on1を形骸化させず、実際の行動変化につなげたいとお考えの方は、ぜひ一度ご相談ください。
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