未来志向の教育体系構築~スキル中心のアプローチと先進事例に学ぶ~

未来志向の教育体系構築~スキル中心のアプローチと先進事例に学ぶ~

目次

2024年6月20日に『未来志向の教育体系構築~スキル中心のアプローチと先進事例に学ぶ~」』と題した人事・研修ご担当者向けのセミナーを開催しました。
2名の教育体系構築のプロフェッショナルをお招きし、スキルベースで教育体系を構築するポイントについてお話しいただきました。
セミナーの一部を抜粋・編集してご紹介します。内容は、講師2名の許可を得て掲載しております。

【第一部:講演】
階層教育から職種・役割ごとの教育へ
~これからの育成対策は、『スキルに注目』~

株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長 三坂健氏

本日はまず、スキルベースの考え方についてお伝えします。皆さんも「スキルベース組織」や「スキルベースラーニング」といった言葉をお聞きになったことがあるかもしれませんが、改めてその概念や、近年注目を集めている背景について、お話しできればと思います。

1.スキルベースとは?:ヒエラルキー型組織からリレーション型組織へ

今日ご参加の皆さんはご自身がどんなスキルを保有しているかを把握されていますでしょうか?
現在の日本では多くの人々が自身のスキルを明確に把握しておらず、自分のスキルと現在の仕事やプロジェクトとの適合性を実感しにくい状況があります。また、企業側も従業員のスキル不足を十分認識できておらず、それを改善するための取り組みも十分ではありません。
実際、企業研修の内容は、30年前と比べてあまり変化していないのが現状です。これは、スキルに対する認識が細分化されていないことが原因の一つと考えられます。
一方で、ビジネス環境は大きく変化しており、従来のヒエラルキー型組織からリレーション型組織へのシフトが進んでいます。プロフェッショナル職の増加に伴い、単なる役職別の教育では不十分になってきているのです。
このような変化に対応するため、スキルをベースとした仕事のアサインが一般化しつつあります。アジャイルなプロジェクト立ち上げとそれに必要な人材のアサインが重要になってきており、それに合わせて教育のあり方も見直す必要があると考えられています。

2.そもそもスキルは可視化されているか?

スキルの可視化は、業種や職種によって進度が異なっています。たとえば製造業の現場では、古くから力量管理表を用いて職能を細かく可視化してきた歴史があります。これにより、作業工程ごとのスキルレベルが明確化され、適切な仕事のアサインが可能になっています。
一方で、オフィスワークなどで用いられる、いわゆるコンセプチュアルスキルについては、まだ十分に可視化されていない現状があり、トレーニングの解像度も低いままであることが課題となっています。例えば、「ロジカルシンキング」というスキルは、多くの人が必要性を感じているものの、その具体的な内容や評価基準が明確でないことが多いです。具体的には、「論理立てて伝える」「前例にとらわれずゼロベースで考える」「様々な切り口で分析する」など、複数の要素にスキルを細分化できます。このように具体的に要素を見える化することで、誰にどんなトレーニングが必要なのかが明らかになり、より効果的な人材育成が可能になると考えられています。

3.スキルベースラーニングとは

現代に合わせた学び方として「スキルベースラーニング」というものがあります。スキルベースラーニングとは、個人のスキル開発を体系的かつ効果的に行うための学習アプローチです。このプロセスは以下の4つのステップから構成されています。
第一ステップ:必要なスキルの把握
まず職務や役職に求められるスキルを具体的かつ詳細に定義します。例えば、「マーケティングスキル」という大きな括りではなく、「顧客データから仮説を立てるスキル」のように、より具体的なレベルで定義します。
第二ステップ:自らのスキルを可視化
ここではスキルマップを作成します。これにより、自分が持っているスキルと不足しているスキルを明確に把握できるようになります。
第三ステップ:強みを伸ばし弱みを補強するラーニングの実施
ここでは、マイクロラーニングが重要なキーワードとなります。従来の集合型研修に加えて、オンライン研修やリアルタイムの参加型研修など、個人が特に鍛えたい部分を集中的に学べる環境を整えます。
第四ステップ:職務でスキルを発揮し磨きをかける実践
最後に、可視化されたスキルを基に、上司とのコミュニケーションを通じて、どの部分をどのように鍛えていくかを具体的に話し合います。
このサイクルを回すことで、個人のスキル開発がより効果的に行われ、組織全体の能力向上にも繋がります。スキルベースラーニングは、従来の教育体系や育成体系を見直し、より効果的な人材育成を実現するための新しいアプローチと言えます。

【第二部:トークセッション】
『スキルベース組織』を企業の育成対策としてどう取り組むべきか?

講師:株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長 三坂健氏
   株式会社Ex-Work 代表 馬渕太一氏(AI等のテクノロジーを活用し、大手企業を中心にジョブディスクリプション作成やジョブ型の導入を支援)
ファシリテーター:株式会社かんき出版 教育事業部部長 山縣道夫

山縣―まずはスキルベースの組織づくりを進めるにあたって、現在の問題・課題について教えてください。

馬渕氏―三坂さんが講演で仰ったように、やはりスキルの可視化が課題です。これは従業員が保有するスキルを把握し、同時に会社や職種ごとに必要なスキルを明確に定義することを意味します。多くの日本企業ではこの取り組みがまだ不十分であり、結果としてスキルギャップの正確な把握が困難になっています。スキルの可視化と定義を適切に行うことで、企業は人材育成や適切な人材配置をより効果的に実施できるようになり、組織全体の競争力向上につながると考えられています。この分野での改善は、多くの日本企業にとって重要な課題となっています。

三坂本来、従業員にはそれぞれの役割があって、その職務を全うするためのスキルを身に着けさせるべき、という育成の前提があるはずが、現在でも多くの研修が一括りに行われており、個人のニーズに関わらず様々な内容が詰め込まれています。各従業員が本当に必要とする「個人のニーズ」だけを提供することが理想ですが、それが難しい状況です。これは、仕事の多様化や自律的な業務遂行が求められる現代の職場環境に、教育システムが追いついていないことを示しています。
”未来の教育体系”では、マイクロラーニングなどの新しい学習環境により、より細分化された個人に適した研修を実施する可能性が広がるのではないかと考えています。この変換には企業側の意識改革と教育システムの見直しが必要となるでしょう。

山縣―スキルベースの可視化、についての問題・課題を解決するにはどうすればよいでしょうか。

馬渕海外のスキルベース組織では、職務経歴書をAIに読み込ませてスキルリストを作成するなどのテクノロジーが活用されています。このようなテクノロジーの活用が今後有効になってくるでしょう。

三坂日本でも近年ジョブ型人事制度の導入が進んでいますが、ジョブ型雇用に関わらず、スキルの可視化を進める必要があります。また、ジョブ型を導入する場合は、可視化されたスキルをジョブごとのスキルインベントリーとして記録していくことが必要不可欠です。
 そしてスキルの評価方法にも課題があり、変化が求められます。これまでは熟練者が評価するべきだという意見が一般的でしたがこれも変わりつつあります。スキルベース組織では、スキルの度合いによってお互いにフィードバックし合うことが重要です。ある広告代理店では、先輩後輩は関係なく、個のスキルの度合いで客観的に評価し合う例もあります。社員同士が学び合う場を設けることで、結果的にスキルの可視化に繋がることもあります。

山縣―馬渕さん、スキルの可視化について、AIを活用した事例について教えていただけますか。

馬渕まずは企業内で各職務ポジションに必要なスキルを明確にすることから始めました。AIを活用して部署ごとの業務分掌や役職の定義に基づき、必要なスキルを抽出、そしてインベントリー化します。
 次に行うのは従業員のスキルマッピングです。彼らが持つスキルを整理したインベントリーと照合します。同じ職種の中でもこのスキルはこの従業員が持っている、ここは足りていない、と見比べることができるのです。このようにして組織内のスキルギャップが明確になり、不足しているスキルを補うための対策が検討できます。これらのアプローチにより、不足しているスキルを補うための従業員の能力開発が進められる、適切な人材配置に関する戦略的な議論が可能になる、など様々な効果が見られました。

山縣―AIによるスキル可視化のビフォーアフターについて教えていただけますでしょうか。

馬渕―導入前は、企業はスキルの可視化を目的としていましたが、その背景には従業員の自律的なキャリア開発促進の意図がありました。また、中期的には職務等級制度への移行も検討していました。
導入後は、社内のポジションや仕事の体系が整理され、それぞれの職務に必要なスキルがマッピングされました。これにより、スキルのライブラリーが構築され、従業員のキャリア開発のための基盤が形成されました。

山縣最後に、スキルベースの重要を踏まえ、教育体系を作るうえで、可視化されたスキルをどのように育成に生かせば良いでしょうか。もしくは組織がどう変わっていかなければならないでしょうか。

三坂まず 、必要とされるスキルをジョブ単位で可視化することが重要です。次に、そのジョブに従事している個人のスキルを可視化し、両者を突き合わせて不足している部分を特定します。これに基づいて、特化した学習メニューを用意します。学習方法は、Eラーニングや経験者からの直接指導など、多様な方法を柔軟に採用できます。重要なのは、個々のニーズに合わせた細やかな学習機会を提供することです。
学習後は、上司との面談を通じて、スキル向上の進捗を定期的に確認し、フィードバックを行うと良いでしょう。これにより、学びの実感を得やすくなり、研修や学習の意義をより深く理解できるようになります。
また、これらの教育体系への移行は、一度に全てを変更するのではなく、特定のチームやプロジェクト単位で試験的に導入するなど、段階的に進めることが有効ではないかと思います。

馬渕これまでの階層別研修の一律性から脱却し、職種ごとに多様な教育体系を設計することが重要です。そのためには、Eラーニング、研修、相互教育など様々なオプションを整備し、多様な教育体系に対応できるようにする必要があります。人事部門の役割も変化し、一律の研修運営だけでなく、個々のニーズに合わせた多様なオプションを用意し、選択できる体制を整備することが求められます。テクノロジーの活用も考慮しつつ、柔軟で多様な教育体系の構築が今後の課題となります。

山縣本日はありがとうございました。

ご参加者の声

・教育の解像度という新たな視点があることを知ることができ、有意義でした。
・スキルの解像度(細分化)という部分でロジカルシンキングを例に挙げられていましたが、自社教育はまさしく、解像度が低い状態と感じました。
・業務は一生懸命するが、自身のキャリアプランがない社員が多い。何をしたらいいかわからないという意見もある。可視化する事でするべき事がわかり、自発的に学ぶ社員が増える可能性を感じました。
・これまでの取組みの方向性が違っていなかったと確認出来たこと、また職務定義やスキルの定義にAIを活用できることを知れたことがよかった。
・社内にてスキルマップを作成していこうという動きがあり、本日のセミナーテーマについては情報収集中として、非常に勉強になりました。

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